milkcocoa30のブログ

統合失調症になった娘と過ごす毎日を少しずつ前に進めるように母の私の目で書いていく記録です

着物

娘の外泊に合わせ、私が20歳の頃に祖母が作ってくれた振袖を直しに家族3人で出かけた。

35年ぶりに訪れた呉服屋さんのご主人も奥様もとても感じの良い方であった。

行く前に奥様には少し事情を話し、また来る前に電話もし、出掛けた。

実家で見つかった着物や帯を持って行った。

奥様が開けてみると、袖やいろいろなところにきちんと紙が入っていた。

私の妹が着た後に祖母なのか、きちんと畳み、また、紙もはさみ、作ったところの入れるものとは違う他所の呉服屋さんの物に畳み、紙を入れてしまってあった。

皮肉にも新しく入れてくれた呉服屋さんは、今はやっていない。

娘が袖を通すと私より背が高い分、ゆきも私より長い為、やり直すことになった。長襦袢の襟も今は、模様が入ったものが流行りで娘が選び桜の小花の襟になった。

今年は、昨年のハレノヒの問題で、美容院では、お母さんやおばあさんの振袖を着る方が多かったとか。

私の着物も生地から選び、そこの呉服屋さんで染めてもらったものだ。

全然痛んでいなかった。

中が少し黄ばんでいたのは、その着物の内側にも今流行りの色のついた襟をつけるので綺麗になり、帯も合わせて買っているから、娘の足に合った草履やカバンや帯締めや帯留めを新しくそちらで買うことにした。

良いご縁でこうして私、妹、私の娘と着ることができ、有難いことだと思う。

温かい人柄のご夫婦で、茶菓子も、サワーポメロまで持たせていただき、娘の久しぶりの外泊が楽しいものとなった。

また、綺麗に仕上がって家族3人で引き取りに行きたいと思う。

久しぶりの外泊で少しテンションの高い娘だった。

私も夫も、別に気にもとめず。

温かい呉服屋さんとの繋がりに感謝し、娘が自宅でくつろいで過ごせることにも感謝し、退院しても、こういう風に温かい人に繋がっていけば、娘は、私達家族以外の人とも繋がってのんびりゆっくり過ごしていけるなあと勉強になった時間でした。

お米パン

これは、20年前のホームベーカリーで作ったもの。

次に考えているのは、頂きものの粉チーズを使い、買ってきたクルミを加えて食べやすい大きさのパンを焼いてみようと思う。

今は便利な時代。

ネットで調べれば大概の事はわかる。

ただ、パン作りは、実際やってみないと分からない。

実は、写真のパンを作る前に家に残っていた一年前のドライイーストでお米パンを作ったが、中央が窪み、綺麗に膨らまなかった。

歩いて近くのスーパーに買いに行き、ドライイーストだけ新しく買ったものを投入したら、膨らんだ。

今回買ったドライイーストは、8ミリグラム入りのものが、いくつか入っているから、一年前のものは、封を開けると次々作り、使い切るのに結構大変な事になるけど、この個包装タイプだとあらためて便利だと思う。

美容院

今日は、予約していた美容院へ行く。

あまり早く着いて、店の前にあるテーブルと椅子の所でいらないメールを消しながら、時間潰し。

1人の客が入ったので、少し早いがはいる。

時間前だったようだ。

昨夜もその前も私は、朝早く起き、あとは寝られなかった。


私の妹は、行く先々でよく寝る。

今思うと父も母も休みは寝ていた。

あれがある意味父と母の健康を作っていた。

特にサプリとかとるわけではなく、防寒もたくさんきて、いっぱい重い布団をかぶって寝る。

10年以上前、父も行くはずだった釜山行き。

インフルエンザにかかり、それをキャンセルするともう行くことは無くなるからと夫はもともと着いて行く気はない。

夫が珍しく私の父の様子を見てくれた。

そして、妹と息子娘私の4人で行くのだが、時間にルーズな妹は1便遅れる。

それなのに列車の中で堂々と寝だした。

そして釜山行きの高速船でも妹と娘は前の席でグーグー寝る。

私と息子は、あまりの揺れに寝られない。

私は妹のこう言う強さが好きだ。私にはないもの。




美容院でうとうとくらいはした。



父にはインフルエンザの予防接種していてあまり酷くならなかった。



妹も仕事をしながら、1人がんばっている。

母も仕事が趣味の様なところがあったので、あの集中力は、母譲り。

早く他界した母だが、知らない間に似てきている。妹も。

あの世から一番心配していた妹の事を見守っている事だろう。



私は、美容院でカラーとカットをしてもらい、スッキリとした気分。

やはり小さい頃から短い髪型だった私。

どんどんそれに近づいていく。


私の妹よりも年齢的に下の美容師さんだが、話を合わせてくれ、私の思うようなカットと色に落ち着いた。


美容院へ行くと気分が上がる。

ありがとう。